変形性膝関節症の治療は、初期は内服、ヒアルロン酸注射、運動療法といった保存療法、進行期から末期にかけては手術治療の適応となるのが一般的である。
しかし保存療法の効果がなく、手術治療の希望がない症例に対して、保存療法と手術治療の間を補完する立ち位置として、血液由来製剤や培養幹細胞治療などの「バイオセラピー」と称される治療法が選択肢の一つとして加わり、近年新たな可能性が示唆されている。
大学病院医局を辞し、医師転職紹介エージェントを通じて大宮ひざ関節症クリニックの院長を務める大鶴任彦先生にインタビューした。
「エビデンスを構築し、その結果を世界に向けて発表している。大学病院勤務時代と同じ、もしくはそれ以上にやりがいがある仕事」と熱く語った。
──PRP療法(※1)療法についてお聞きします。PRP療法は欧米のプロスポーツ選手のケガの治療で認知度が広がりましたが、最近は高齢者の膝関節の治療としてニーズが高まっていると聞きました。学会ではどのような動きがありますか。
PRP療法は血液由来製剤でバイオセラピーの一つです。自己血中の血小板を多く含む分画で、その組織再生能力を期待した治療です。
私がひざ関節症クリニックに入職してから2年が経ちますが、整形外科分野の学会や研究会で、PRP療法に関する演題数がどんどん増えてきていますね。
※1 Platelet rich plasma (PRP)
──アメリカではアスリートのケガだけでなく、ひざ関節症の治療としてもポピュラーなのですか?
2018年のアメリカ整形外科学会雑誌に掲載された変形性膝関節症治療のメタ解析結果では、保存加療の治療効果の順位はPRP療法がヒアルロン酸関節内注射より上位にランキングされています。
しかし日本では変形性膝関節症に対するPRP療法の報告が少なく、同様のメタ解析は行われていません。
よって日本ではまだまだヒアルロン酸注射のほうがメジャーです。
──変形性ひざ関節症は、厚労省の推定で患者数が1000万人、潜在患者は3000万人となっており、年々増加していると言われています。大宮ひざ関節症クリニックの患者さんは、どの地域から来院なさっていますか?
患者さんからの需要は年々大きくなっていますね。過去2年間を見ても、どんどん予約がとりにくくなってきています。
大宮院には北海道から東北地方、そして北陸地方、中国地方といった遠くからも患者さんがいらっしゃいます。
──大宮ひざ関節症クリニックではどういった治療を行っているのですか?
ひざ関節症クリニックグループは全国に銀座、新宿、大宮、横浜、大阪と5院ありますが、今までの治療件数は累計で6300例です。そのうち4100例が血液由来製剤のPRP-FD®治療、2200例が培養幹細胞治療です。
PRP-FD®とは先述のPRPを凍結乾燥化(フリーズドライ)したものです。PRPと比較して、血小板中の成長因子が安定して抽出できる事と、凍結乾燥化する事で常温保存が可能で、患者さんの注射日を自由に選択できる事が特長です。
さらに作製工程でフィルタリングする際、白血球などの細胞成分が除去され、いわゆるセルフリーとなるので、再生医療等安全性確保法(※2)の規定から除外されることも大きな特長です。
培養幹細胞治療は、お腹から皮下脂肪を20ml採取して、そこから抽出した間葉系幹細胞を培養して膝関節腔内に注射する方法です。
再生医療等安全性確保法が定めた、自由診療として実施される再生医療のリスク分類では第二種に分類されます。
※2 日本で2014年に施行された、再生医療を安全に行うために医療提供者が講じるべき措置や特定細胞加工物の製造許可制度について定めた法律。特定細胞加工物を用いた医療技術に対し、安全性が担保できれば早期に治療応用を許可する制度。
PRP療法の詳細はこちら|大宮ひざ関節症クリニックひざを専門に診療する整形外科病院、大宮ひざ関節症クリニック
──実際に治療を受けるのは、どのような患者さんですか?
患者さんの平均年齢は67~8歳です。変形性ひざ関節症の病期は初期、進行期、末期に分けられるのですが、当院に来院なさるのは進行期以降の方が多いです。
自由診療で提供され、どの治療にするかは患者さん自身が選択できる形式にしています。
ほとんどの方が、近くの病院でヒアルロン酸の注入を長期にわたって続けたけれど改善しなかった、医者の説明が少なくて不満、保険診療の先生に手術を勧められたがやりたくない、というような理由やきっかけで来院なさっています。
──「PRP-FD®療法」と「培養幹細胞治療」の作用メカニズムについて伺います。
痛みを軽減させるメカニズムですが、PRPに代表される血液由来製剤は、血小板中の成長因子やサイトカインが、組織の修復や抗炎症・徐痛効果をもたらし、患者さんの自覚症状が軽減することが考えられます。
培養幹細胞治療は、自己複製能、多分化能を持つ細胞が、病変部を修復する作用が期待されています。
──ひざ関節症クリニックの治療の評価方法はどのようなものですか。
国際学会でも用いられている、KOOS(※3)と OMERACT-OARSI(※4) responder criteria で定義される奏効率を用いて評価しています。
問題点として、関節鏡視下手術による注射前後の客観的評価を行っていないことが挙げられます。
来院される患者さんは原則手術をしたくない患者さんなので、我々の治療効果の客観的評価が不可能でした。
しかし、最近はMRI三次元画像解析ワークステーションを用いて、注射前後の関節軟骨の評価を行っています。
まだ解析症例数は少なく、皆様にご報告できる段階ではないですが、軟骨の評価を非侵襲的に行えることは大きな意味があります。
※3 Knee injury and Osteoarthritis Outcome Score (KOOS)
※4 Outcome Measures in Rheumatology (OMERACT) - Osteoarthritis Research Society International (OARSI)
──「PRP-FD®療法」と「培養幹細胞治療」の治療効果について伺います。
効果が出るまでの時間ですが、注射を打ってから1ヶ月目のルーティンの診察の時点で「痛みが減った」とおっしゃる方が多いです。
どちらの治療も、注射1年後の奏効率は平均約60%です。また変形性膝関節症の重症度によっても、それぞれの治療の効果が異なることがわかってきました。
今まで渉猟しえた治療成績から、初期から進行期まではPRP-FD®療法をお勧めし、その結果が思わしくないケースや、末期のケースは培養幹細胞治療をお勧めするようにしています。これらの治療成績は第93回日本整形外科学会でも発表しています。
───厚労省は健康寿命の延伸を目標に掲げていますが、その点において高齢者のフレイルを改善していくことは大きな意味があります。今後バイオセラピーが保険収載される見通しは?
現在バイオセラピーは保険診療としての治療が出来ませんが、この治療法の有効性や安全性が検証されることで、将来的に保険診療の適応となる可能性があると考えています。
──お話を伺って、貴院の予約が取りにくい理由が分かりました。たいへん将来性のある、ニーズの大きい治療ですね。ひざ関節症クリニックの医師になるにはどのような資格・経験が必要になりますか。
まず、日本整形外科学会が認定している整形外科専門医の資格が必要です。ですから研修医の入職は難しいでしょう。
そして当院は脂肪採取という整形外科医にとってやり慣れていない処置が必要になります。こちらは、所属医師全員が未経験で入職しています。
不安もあるかと思いますが、研修にて指導をいたしますので、安心していただければと思います。
あと整形外科医であれば膝関節の注射は誰でも行っていると思います、ヒアルロン酸の関節内注射に関しては、経験症例数は特に重要ではありません。
注射の上手い下手も関係ないです。ですからそこは条件に入っていません。
──入職なさった医師は、どのような研修を受けるのですか。
5つのクリニックのいずれかで、常勤医師に付いて研修をしていただきます。
患者さんの対応や治療などの業務を行う様子を見学しながら、研修を進めていきます。
──大鶴先生のインフォームドコンセントで特に気を付けている点について、お聞かせください。
新規に来院した患者さんには、まずカウンセリングを約20分行います。カウンセリングは自由診療特有の用語ですが、インフォームドコンセントと同義です。
老年期の末期の変形性膝関節症の患者さんの中には、手術という選択肢を知らずにこのクリニックに来る方もいらっしゃるので、そのような場合はまず、標準治療である人工膝関節置換術の話から始めます。
手術を選択されない場合は、当院の治療を「まだ短期成績しかない発展途上の治療」であることを前置きした上でご説明します。このカウンセリングにおける話の順番が極めて重要です。
手術より優先順位の高いイリュージョン的な治療を印象付ける言い回しは絶対行いません。もしそれをすれば我々の治療は永遠に眉唾扱いされるでしょう。
研修されるドクターに一番学んでほしいのは、このカウンセリングです。私の仕事の最大の見せ場であり、治療過程の中で一番大切にしている部分です。
カウンセリングは医師の言葉の選択、話の抑揚、知識、表情によって、伝わる内容が大きく変わってきます。
その結果、料金は高いけどもそれでもやってみたい、という方がバイオセラピーを選ばれます。注射の打ち方の上手い下手なんていうのは二の次です。
研修する先生には「使えると思ったフレーズは全部盗んで欲しい」と伝えています。
──素晴らしいです。大鶴先生のお仕事に対する自信や情熱を感じます。そもそも、こちらクリニックに大鶴先生が入られたのは、どのような経緯ですか。
私は東京女子医大整形外科に20年間勤務していました。大学病院の仕事は手術がメインです。
若い頃から手術志向で件数も多くこなし、医局でバリバリと仕事をやってきました。
しかし、全国から重大な合併症を持った患者さんの手術に携わると、必然的にリスクは大きくなり、手術そのものをきっかけとして発症した合併症も多く経験してきました。もちろん休日や夜中に病院に駆けつける経験もたくさんありました。
学年が上がり責任も大きくなるにつれ、手術よりも保存加療の方が自分の性格に合っていると思うようになり「大学でこのまま続けるのは厳しいな」と思っていました。
そしてちょうど入局20年目に主任教授に辞意を伝えました。「次、どうするの?」と聞かれましたが、実はその時点で何も決めていなかったのです(笑)。
普通医師は退職する際、外堀を埋めてから結論を出すのですが、私はまったくもって白紙でした。辞職を申し出た直後にネットで検索したエージェントに連絡しました。
エージェントに提案されたのは保険診療と自由診療でした。
その時自由診療は全く考えたこともありませんでした。どちらも大学病院に比べて、年収は圧倒的に上でした。
保険診療は50、60歳になってもやれると思いましたから、40代の頭も体もフレッシュなうちに、自由診療=誰もやってない世界、に挑戦しようと思ったのです。
極端な話、嫌なら辞めればいいと。辞めたところで今までの経歴に傷が付くわけではないのですから。
──自由診療に対しての抵抗はありませんでしたか?
医局の後輩からは、「大鶴先生、医師免許取られる(没収される)んじゃないですか?」と真顔で言われました(笑)。そういう世界です。これが巷の評価なんですね。
医師賠償保険にはもちろん加入していますが、これまで何のトラブルもありません。保険診療の世界だって、執刀医になれば訴訟の可能性はゼロではないと思っています。
自由診療はなぜ敬遠されるのか。やはり医学的根拠、つまりエビデンスに乏しいからだと思います。
私は20年間、大学病院でエビデンスを作ってきました。約60回の学会発表を行い、約30編の論文を執筆してきました。
今クリニックでも同じようにエビデンスを作っているわけですから、ある意味保険診療と同じ、と考えると気が楽になりました。やっていることは一緒なんです。
丸2年経過しましたが、自由診療に対して疑問も不安もありません。年収も上がりましたし(笑)。
──ひざ関節に特化なさったのは、以前から興味があったのですか。
「やりたかった、興味があった」というのは、全くありません。家族を養うわけですから、年収を優先的に考えた中に、たまたま提示された中の一つが自由診療のひざ関節症クリニックだった、というだけです。
先述したように、ここを選んだのは、誰もやっていないこと、エビデンスが少ないこと、それだけです。
他人の意見に惑わされないでエビデンスを自分で作れるのは魅力的です。
──自由診療に転職なさる医師は、売上げのプレッシャーを不安に思う方が多いですが、大鶴先生は?
保険診療は売り上げのプレッシャーが少なくて、自由診療は半端じゃない、と思うのは間違っています。
大学病院でも肩書きが付けば、また一般病院でも医長クラスになれば、当然会議で売り上げの話が出てきます。
どの世界でも、売り上げで医師の評価が決まると言っても過言ではありません。もっと言うと医師の世界だけでなく、どの業界でも数字で個人が評価されています。
つまり保険診療でも自由診療でもプレッシャーはなんら変わらないのです。
──転職を決める前、不安はなかったのですか。
大学病院を辞めるときには「アカデミックな世界には、もう戻れない」という、不安というよりは、寂しさがありました。
しかし転職してからの2年間、期せずして色々な場所に登壇させていただきました。具体的には日本再生医療学会のシンポジウム講演のご指名を2年連続いただき、今年は日本整形外科学会で2演題発表することができました。
最も嬉しかったのは、東京女子医大整形外科主催のセミナーでバイオセラピーの講演のオファーをいただいたことです。
オファーは辞職を願い出た教授からいただいたわけですから、喜びもひとしおでした。辞めるときには全く想像しなかった展開に驚くとともに、本当に幸せな経験だと感じました。
恵まれた人との出会い、置かれた環境は当たり前のものではなく、支えてくれている皆様に感謝しています。
──今後の目標や方向性について、お聞かせください。
変形性ひざ関節症の患者さんはどんどん増えています。それに対してバイオセラピーを行う医師も増えています。しかし学会発表や論文と無縁では密室治療であり、自己満足止まりです。
我々のような先駆的な立場のクリニックの使命は、バイオセラピーのエビデンスを構築し社会理解の醸成を図ることです。
その一環として、学会発表や論文の執筆だけでなく、受診患者から協力同意の得られた臨床データをICRS(※5)の patient registration(患者登録へ症例登録をしています。患者情報、臨床記録、治療アウトカムを入力し、最大30年間のフォローアップが可能です。
我々は2018年10月からデータ登録を開始し、2020年3月の時点で、世界中の1016例のうち、我々のグループから417例の登録が済んでいます。
大変手間のかかる作業ですが、エビデンスの蓄積と情報の共有に貢献でき、バイオセラピーの実情や各国の保険事情が異なる状況下で、「どのような治療がどのような患者に有益か」を判明させる一助になることを期待しています。
※5 In ternational Cartilage Regeneration Joint Preservation Society (ICRS)
──この治療を行っていて良かった、と感じるのはどんな時ですか?
一つ忘れられないエピソードがあります。
ある患者さんにバイオセラピーを行いましたが、高額な治療にも関わらず、全く痛みは改善しませんでした。止むを得ず紹介状をお書きし、他院で人工膝関節置換術の手術を受けていただきました。
驚いたのは手術後、「こんなに歩けるようになった。大鶴先生に見せたい」と、わざわざクリニックに来てくださったことです。
そのときですね。何百人の患者さんに手術をしてきたころとは全く別種の幸せを感じました。
バイオセラピーの治療効果と関係ない話ですみません(笑)。
──最後に、ひざ関節症クリニックに入職してほしいと思うのはどんな医師ですか?
自由診療は、患者さんにいかに付加価値を感じてもらうかが大切です。ですから「患者」ではなく「患者様」であることを理解できる医師に入職してほしいです。言葉遣いや接遇に気を遣えることが理想的です。
また自分のためにコメディカルに全部お膳立てさせる環境が当たり前と思っている医師は向いていません。積極的にスタッフと信頼関係を築き、チームワークでクリニックを盛り立てていくことは、保険診療の世界よりも求められると思ってください。
あとシビアな収支管理にしっかり対応できる能力も問われます。「保険診療では収支は気にしないでよかったから楽」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、先述したようにどの世界でも数字の話は避けて通れないわけですから、お金の話はちょっと…という方は向いていないでしょう。
「医師って卒後7~10年目くらいが一番自信満々だと思います。手術も大体は何でもできるようになりますから。でも20年目くらいになると、分からないことだらけだって初めて気づくんです。面白いですよね、これはどんな職業でも一緒の価値観かもしれない。僕は今年23年目ですけど、今一番分からないことだらけです。それに対してチョコっと分かってくることが出てくるから、面白くてしょうがない。」
インタビューの終わりに楽しそうに語る大鶴院長は、非常に柔軟な思考をお持ちで、自信に溢れながらも謙虚な方であった。
自由診療の問題、「エビデンスが乏しい」ことを打開するべく日々奮闘されている医師の志に触れ、我々メディアや医師転職エージェントは自由診療の実情を正しく発信しなければならない、と改めて自分たちの使命を認識させられた。
自由診療といえば美容外科・美容皮膚科ですが、精神科/心療内科で近年急成長している自由診療クリニックがあります。
科目は精神科/心療内科となっていますが、通常の社会生活を送りつつも生きづらさを感じている患者様が対象で、